2007年07月16日
イェレミース

イェンス・イェレミース(Jens JEREMIES)
フルネーム イェンス・イェレミース
国籍 ドイツ
生年月日 1974年3月5日
出身地 ゲルリッツ
ポジション DF(CB) MF(DMF)
身長/体重 176cm/76kg
個人タイトル
チームタイトル 98/99,99/00,00/01,02/03,04/05, 05/06ブンデスリーガ
99/00,02/03,04/05,05/06DFBカップ
00/01UEFAチャンピオンズリーグ
01インターコンティネンタルカップ
所属クラブ 1994〜95 ドレスデン
1995〜98 1860ミュンヘン
1998〜06 バイエルン
無尽蔵のスタミナを装備し、ハードマーク、タックル、鋭い読みで危険の芽を摘み取り、攻撃の起点となるパスを味方に送ります。戦術眼にも優れ、リベロやストッパーとしてもプレーします。
ポーランドとの国境に近い、旧東ドイツのゲルリッツ出身。1980年からBSGモトールというクラブでプレーし始め、1986年にドレスデンへ移ります。
1995年、1860ミュンヘンへ移籍して頭角をあらわすと、98/99シーズンからライバルチームのバイエルンに引き抜かれました。そして中盤の守備に安定感をもたらし、リベロのマテウスと良好な縦の関係を築くと、エッフェンベルクやショルら攻撃のタレントの持ち味を最大限に引き出すポジショニングやカバーリングといった、守備の職人気質のプレーを随所に見せて2年ぶりのリーグ優勝に貢献しました。三冠獲得も視野に入れていましたが、チャンピオンズリーグ決勝でマンチェスター・Uにロスタイムで逆転負けを喫しました(カンプ・ノウの悲劇)。翌シーズンはレアル・マドリーとの準決勝で痛恨のオ運ゴールを献上し、悔しい思いをしました。
そして00/01シーズン、再び準決勝でレアル・マドリーと対戦。2ndレグで勝ち越しゴールを挙げて雪辱を晴らし、ヨーロッパを制しました。
ヒザの故障の影響で01/02シーズンこそドルトムントの後塵を拝すものの、自身が復帰した02/03シーズンに王座を奪還しました。
04/05シーズンにフリンクスにポジションを奪われ、自身のフィジカルコンディションも思わしくなくなったため、05/06シーズンを最後にスパイクを脱いでいます。
1997年11月15日の南アフリカ戦が代表デビューの試合となり、翌年のW杯にも3試合に出場しました。チームの状況は決してよくなく、また、ハマンやラメロウなどライバルが実力者ぞろいの中、安定感のある仕事振りで不可欠の存在に。2000年欧州選手権では2試合(グループリーグ敗退)、2002年W杯は全試合に出場し準優勝に貢献。2004年欧州選手権でも1試合プレーし代表を退いています。
代表記録 55試合1得点
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この記事へのコメント
1. Posted by 名無し
2008年04月14日 21:08
翌シーズンはレアル・マドリーとの準決勝で痛恨のオ運ゴールを献上し、悔しい思いをしました。
オ運←オウン
ですね。
オ運←オウン
ですね。



