2008年11月20日
メツ

ブルーノ・メツ
(Bruno METSU)
フルネーム ブルーノ・メツ
国籍 フランス
出身地 ダンケルク
生年月日 1954年1月28日
経歴 1987〜92 ボーヴェ
1992〜93 リール
1993〜94 ヴァランシエンヌ
1995〜98 スダン
1998〜99 ヴァランス
1999〜99 ギニア代表
2000〜02 セネガル代表
2002〜04 アル・アイン(UAE)
2004〜05 アル・ガラファ(カタール)
2005〜06 アル・イテハド(サウジアラビア)
2006〜08 UAE代表
2008〜 カタール代表
獲得タイトル 02,03,04UAEリーグ
03AFCチャンピオンズ・リーグ
07AFCガルフカップ
現役時代は守備的MFとして、リールやニースなど下部リーグのクラブを渡り歩きました。ベルギーのアンデルレヒトでもプレーした経験があります。
自由を重んじる放任主義と厳しいトレーニングを巧みに使い分けたことで、戦術が浸透しにくいアフリカ大陸にて卓越した組織力を形成したことは称賛に値します。また、コミュニケーションを特に大事にするため選手からの信頼も厚く、モチベーターとしても有能です。
スタイルはオランダのトータルフットボールやACミランのプレッシングを取り入れ、基本的に4バックを好みますが、時宜に応じた対応を取る柔軟性があります。
ウェーブがかかった長髪がトレードマークです。
リールなど母国のクラブを渡り歩き、1999年に初めてアフリカ大陸に降り立ち3か月間ギニア代表を率いた後、2000年からセネガル代表に就任します。
アリウ・シセを中心としたDFラインとボランチで規律の取れたプレスをかけ、FWディウフやMFファディガといったタレントと共に中盤のB・ディオップの飛び出しなどでカウンターを仕掛けるスタイルを確立させると、2002年W杯予選では、アルジェリア、モロッコ、エジプトと強敵がそろう予選で4勝3分け1敗の成績を残し、セネガルを初のW杯本大会出場に導きます。その後日本とテストマッチを行った際2−0と快勝、2002年アフリカ選手権でもかつての代表FWでコーチを務めるジュレ・ボガンデと共に試合後ごとに親睦会を開くなど選手との距離を深めてモチベーションを高め、エジプト、チュニジアなど強豪を次々と撃破し決勝進出を果たしますが、惜しくもナイジェリアにPK戦の末敗れてしまいました。
一度古巣スダンからオファーがあったものの断り、W杯のグループリーグ組み合わせ抽選会では、フランスと同じグループに組み込まれても全く臆することがありませんでした。
迎えた本大会では開幕戦でフランスと対戦。司令塔ジダンをケガで欠きながらも終始主導権を握っていたフランスに対して堅守で対応し、B・ディオップが先制点をもたらすとそのままタイムアップとなり、前回王者を完封する快挙を成し遂げます。続くデンマーク、ウルグアイとも五分の戦いを演じ、決勝トーナメントに進出します。初戦はスウェーデンに先制を許しますが、H・カマラの2ゴールで勝利します。続くトルコ戦では後半ロスタイムに途中出場したイルハンに決勝ゴールを許し大会を去りますが、初出場ながら世界の猛者と渡り合った功績をたたえられ、セネガル国内では英雄となり、名誉勲章も受賞しました。
その後UAEのアル・アインに就任し、親善試合でユヴェントスとも対戦。この際も選手のメンタルを巧みに操り1−0で勝利します。また、リーグ3連覇に加え03シーズンにはAFCチャンピオンズ・リーグも制するなどクラブに多くの栄光をもたらしました。
2006年よりUAEに戻り代表チームを率い、翌年のアジア杯ではグループリーグで日本と同居し1勝2敗で敗退します。その後2010年W杯3次予選でも敗退したため辞任しました。
しかしすぐにカタールに引き抜かれ、W杯最終予選で再び日本の前に立ちはだかります。



